PRO-VISION 2 Lesson 8 和訳

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PRO-VISION 2 Lesson 8

高校2年の英語教科書 PRO-VISION 2 Lesson 8 の本文和訳です。

Lesson 8
Finding the Real Santa Claus
本本物のサンタクロースを見つけること

I will honor Christmas in my heart, and try to keep it all the year. ―― Charles Dickens
私はクリスマスの精神を大いに尊重し、一年中クリスマスの精神を心の中に保てるようにしたい。――チャールズ・ディケンズ

Part1

上の写真の女の子が誰だと思われているか知っていますか? ドイツでクリスマス・イブに来てくれると伝統的に言われている人物のクリストキントとしておめかししています。クリストキントは家から家へと訪れて、決して見られることなく、どの子供にもプレゼントを置いていきます。

ロシアでは、デッド・マロースが孫娘のスネグーラチカと一緒に元日にやって来ます。モミの木の下に立って、デッドは会いに集まってくれた子供たちにプレゼントを配ります。白くて長いあごひげを生やし、長い毛皮のコートを着ています。

この2人の人物は誰か慣れ親しんでいる人を思い出させてくれませんか? クリスマスの前の夜、暖炉のそばに靴下を吊るしたり、この特別なお客さんのためだけにクッキーやコップ1杯の牛乳や手紙を置いたりすることによって、人々はお客さんが到着する準備をします。小さな子供たちは眠い目をかろうじてあけながら、この秘密の訪問者に会おうとして、遅くまで起きておくようにするのですが、ベッドでぐっすりと寝てしまうまで、訪問者が到着することは決してありません。次の朝、子供たちが起きるまでには、お客さんはもう訪問を終えてしまっています。子供たちはクッキーや牛乳がなくなっているのを見つけ、靴下の中やクリスマス・ツリーの下にプレゼントがあることでしょう。もう、訪問者が誰なのかはわかりますよね? その人の名は、もちろん、サンタクロースです。

Part2

サンタクロースの起源は、1,700年前に小アジアで生まれたニコラスという名前の実在した人物までさかのぼることができます。ニコラスは、優しくて信心深い若者に成長しました。若い時に両親を亡くし、大きな財産を受け取りました。その財産を人助けのために使い、神に人生を捧げる決心をしました。小アジアの1つの州から次の州へと旅をして、困っている人たちに援助をもたらし、最後にはミュラという海辺の町に住みつき、司教になりました。ニコラスの死後、善い行いのおかげで聖人になりました。聖ニコラスは、船乗りと子どもの守護聖人としてとくに有名になりました。

それでは、どのようにして小アジア出身のこの歴史上実在した人物が、今日クリスマスに見かけるサンタクロースに進化したのでしょうか? 聖ニコラスは4世紀半ばの12月6日に死んだと言われています。この日は、後に聖ニコラスの日と呼ばれる祝日になりました。聖ニコラスの話は、彼の死後、徐々にヨーロッパ中に広まって、いろんな国の人々がプレゼントをあげることによって、12月6日を祝うようになりました。海上貿易を通じて強大な力を持つ国家に成長したオランダでは、聖ニコラスの日は暦の上で一番大切な日の1つになりました。

オランダの人たちは17世紀にアメリカに移り住み始めました。たくさんのオランダ人の移民がニューアムステルダムという町に定住しました。今のニューヨークです。ニューアムステルダムに住むオランダ人たちは、聖ニコラスの日を祖国オランダで祝っていたのとまったく同じように祝いました。こうして、聖ニコラスの日にプレゼントを交換するという伝統が、アメリカの風習にもなりました。実際、「サンタクロース」という名前は、聖ニコラスを意味するオランダ語の「シンタクラース」から来ています。

WINDOW1

Why does Santa Claus give us presents?
サンタクロースはなぜプレゼントをくれるのでしょうか?

3人の女の子を持つ男の人がいました。3人に適切な嫁入り道具を買ってあげる余裕はありませんでした。聖ニコラスはこの男をコッソリと助けようと決めました。ニコラスは夜、その人の家に行って、金貨がいっぱい入った3つの小さな袋を窓から投げ入れました。3人の女の子のうちの1人が婚礼可能年齢に達する前の夜に、毎回、金貨を投げ入れました。3度目の時に、その男の人はニコラスが袋を投げ入れているのを見つけました。その人はニコラスにとても感謝しました。ニコラスが死んだ後に、その地方の人たちは、貧しい人たちに名前を伏せて贈り物をすることを習わしにしました。

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家の中に硬貨を投げ入れている聖ニコラス(左)

WINDOW2

Saint Nicholas Day in the Netherlands
オランダの聖ニコラスの日

オランダでは、聖ニコラスの日の前日がプレゼントをあげるのにふさわしいときです。12月5日の晩、シンタクラースが、ここ1年間、いい子にしていた子供たち一人ひとりにプレゼントを持って来てくれます。シンタクラースは、マイターと呼ばれる先のトンガッタ帽子をかぶり司教の赤い衣装をまとい、白い馬に乗っています。

Part3

細長い先のとがった帽子をかぶり、馬にまたがっていた厳格な司教の聖ニコラスが、今日、知られている陽気なサンタクロースになるのには、もう少し時間がかかりました。

1822年、ニューヨークの学校教師クレメント・ムーアは『聖ニコラスの来訪』と題された有名な詩を書きました。この詩は、全く異なる聖ニコラス像、すなわち、クリスマスイブに子供たちのところにやって来るサンタクロースを歌い上げています。

《 純真な精神の持ち主に贈る日本語 》

「クリスマスの前夜、家中全体で
生き物は微動だにしない、ネズミ一匹さえ動かない
靴下は何足も注意深く、煙突のそばに吊り下げられている
聖ニコラスがすぐに来てくれると期待して
……
小さなソリと8頭の小さなトナカイさん
それを操る、とても元気で早い動きの小さなおじいさん
……
煙突降りて、聖ニコラスは一っ跳びにやって来た
頭のてっぺんからつま先まで、全身毛皮に身を包み、
……
顔の幅は広く、ちっちゃな丸いお腹をしていた
お腹は笑うとお茶わんに入ったゼリーのように揺れる」

《 健全な精神の持ち主に贈る日本語 》

「イブはうち中静かなクリスマス
人っ子一人、ネズミ一匹動かない

靴下吊るした、煙突のそば
聖ニコラス、もう来るはず

小っちゃなソリに、チッコイトナカイ
御者は素早く元気なジッチャマ

一っ跳びに煙突通って降って来た
毛皮でおめかし、聖ニコニコ

ふっくらお顔に、真ん丸お腹
笑えばお腹もプニッ・プニッ」

この詩は、歴史に残る信心深い聖ニコラス像を描いてはいません。その代りに、トナカイの引くソリに乗った、陽気で太った小さな老人を描いています。ムーアは、実際に、現実の生活で自分がこの老人に会ったことがあるかのように生き生きと描き出しています。『聖ニコラスの来訪』は絵本として出版され、当時アメリカで広く読まれました。

ムーアの聖ニコラスはこの童話の本では小さな妖精として示されていましたが、1930年代に、陽気な笑みを浮かべるおじいさんのような人物として清涼飲料水の広告に登場したとき、サンタクロースのイメージは再び変わりました。このようにして、サンタクロースは今日、知られている姿になりました。

Part4

小さい頃には、「サンタクロースってホントにいるの?」って不思議がってたに違いありません。約100年前に、バージニアという名前の8歳の女の子が、サンと呼ばれる新聞社に送った手紙の中で同じ質問をしました。サン紙の記者のフランシス・チャーチは、返事として次の記事を書きました。

「ええ、バージニア、サンタクロースはいます。愛や寛大さや信仰がホントにあるように、サンタさんはホントにいます…略…」

「誰もサンタクロースを見た人はいませんが、それはサンタさんがいないしるしにはなりません。世の中の一番本当のことは、子供にだって大人にだって見えないものなのです。妖精ちゃんが芝生の上で踊っているのを見たことはありますか? もちろん、ないでしょう、がしかし、だからと言って、妖精がいないことの証拠にはなりません…略…」

「サンタクロースがいないって? ありがたいことに、サンタさんは生きているのです。永遠に生きているのです。バージニア、今から千年経っても、いや10倍の1万年後にだって、サンタさんは子供たちの心を喜ばせ続けていることでしょう」

チャーチのメッセージは、人生で一番大切なものは目には見えないというものでした。愛は見えないけど、間違いなく存在します。優しさはみえないけど、優しい行いのおかげで人は笑顔になります。

サンタクロースのイメージは、何世紀もかけていろんな文化の中で変わってきていますが、サンタクロースが象徴しているものは同じまま残っています。他者への善行の精神です。善行の精神を持つ人なら、だれでも真のサンタクロースになれるのです。

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